――本当に地震は来ないのか、分かりやすく解説します
あの“4時18分予言”とは何だったのか?
2025年7月5日の午前4時18分。
この具体的すぎる時間に「南海トラフ巨大地震が起きる」という情報がSNSを中心に広がり、多くの人が眠れぬ夜を過ごしました。実際に「夜通し起きて地震速報を待っていた」という人や、「友達や家族と連絡を取り合って過ごした」という声もネット上には数多く残っています。
この予言の元になったと言われるのは、漫画家・たつき諒さんの『私が見た未来』という作品や、それをもとにした“予知夢説”でした。作者がかつて「未来に大災害が起きる夢を見た」と語ったことから、「2025年7月5日」という日付が都市伝説的に広がったのです。さらに「午前4時18分」という時刻が加わり、一層リアルに見えてしまったのでしょう。
結果はご存じの通り、その時間に大地震は起きませんでした。震度5以上の揺れすら観測されず、多くの人は胸をなでおろしました。しかし「外れたから終わり」ではなく、この騒動が示したことは実はたくさんあります。
📝 コラム:当日のSNSの声
このように、多くの人が“予言”を話題にし、笑いと不安を同時に体験しました。これこそ「予言が人を動かす力」なのです。
外れた予言が残したもの
「結局、何も起きなかったじゃないか」と思う人もいるでしょう。確かに予言は外れました。でも、そこで終わりにしてしまうのはもったいないのです。
例えば、観光地やホテルでは「キャンセルが増えた」という報告がありました。また一部自治体には「避難所を開けてくれるのか?」といった問い合わせが相次いだそうです。つまり、根拠のない噂が実際の社会行動にまで影響を与えたのです。
一方で、こうした「不安」をきっかけに良い行動も生まれました。
- 防災グッズを点検する人が増えた
- 家族で避難の集合場所を確認し直した
- 「いざというときにどうするか」を真剣に話すきっかけになった
予言は外れたけれど、私たちはそれを“備えのリマインダー”として活用することができます。むしろ「当たらなかったから無意味」ではなく、「外れたからこそ準備を強化するチャンス」だったのです。
📝 コラム:友人との会話から
私の友人も7月5日の翌日に「正直、怖くて水を多めに買ってしまった」と笑っていました。けれど、それは笑い話で終わるどころか「これを機に非常食も揃えよう」という前向きな話題に発展しました。人はきっかけがなければなかなか備えをしません。予言という形であれ、それが行動につながったのなら、少なくとも“社会の安全度”は少し上がったのではないでしょうか。
科学は「日時ピッタリの予測はできない」と断言する
では、科学はこの“予言”についてどう見ているのでしょうか?
結論はシンプルです。「地震を日付や時刻までピッタリ予測することはできません」。これは気象庁をはじめ、すべての地震学者が一致している立場です。
なぜできないのか?
地震はプレートの動きや地下の歪みによって起こりますが、それが「いつ限界を超えて一気に崩れるか」を正確に測る技術はまだ存在しないからです。例えるなら、風船を膨らませていて「いつ割れるか」を秒単位で当てるのは不可能なのと同じです。
ただし、科学には別の強みがあります。それは「長期的な確率評価」です。例えば「今後30年以内に南海トラフ地震が発生する確率は70~80%」という形でリスクを提示しています。これなら都市計画や避難訓練、家庭の備蓄に役立てることができます。
📝 コラム:地震研究の最前線
近年はAIやビッグデータを使って「前兆パターン」を探る研究も進んでいます。小さな地震の並び方や地下水の動きから、大きな地震が近いかどうかを“兆し”としてとらえようとする試みです。ただし、これはまだ実験段階で、私たちが「来週の月曜の朝に揺れる」と言えるレベルには程遠いのが現実です。
南海トラフ巨大地震の現実 ― 過去と未来から学ぶ
結論から言うと、南海トラフ地震は「いつか必ず来る」と考えられています。問題は「いつ」かというだけです。
南海トラフとは、静岡沖から九州沖にかけて広がる巨大なプレート境界で、日本最大級の地震を繰り返してきた地域です。記録が残る限りでも、90年から150年程度の間隔で繰り返し発生しており、そのたびに津波と甚大な被害を日本にもたらしてきました。
過去の大地震
- 1707年 宝永地震(M8.6):南海トラフ全域が一気に動いた最大規模の地震。富士山噴火とも関連したとされる。
- 1854年 安政東海地震・安政南海地震(連動):2日間で立て続けに発生し、津波で数万人が犠牲に。
- 1944年 東南海地震・1946年 南海地震:戦中戦後の混乱期に襲いかかり、多くの犠牲を出した。
これらを見ても、次の大地震が「もう来ない」と考えるのは非現実的です。むしろ「周期的に来る」と理解するのが自然です。
科学が示す未来
政府の地震調査委員会は「今後30年以内に70〜80%の確率で南海トラフ地震が起こる」と公表しています。この数字には幅がありますが、少なくとも「十分なリスクがある」と受け止めるべきでしょう。
📝 コラム:祖母から聞いた「戦後の南海地震」
私の祖母は1946年の南海地震を子どものころに体験しました。突然の揺れで家が傾き、海岸近くでは津波が押し寄せてきたそうです。「地震のあと、食べるものがなくて本当に苦労した」と語っていました。防災の話は数字や理論だけでなく、こうした“生の体験”と結びつけると、現実味が増してきます。
第5章 「もう来ないの?」という問いへの答え
「外れた予言のあと、もう地震は来ないのでは?」と考えたい気持ちはよく分かります。しかし、残念ながらその答えは「いいえ」です。地震は予言と関係なく、物理現象として起こるからです。
プレートは年に数センチずつ動き、その力が蓄積されています。風船を膨らませているのと同じで、割れる瞬間をピンポイントで当てることはできませんが、「いつか必ず割れる」ことだけは分かります。
大切なのは「来ない」ではなく「来ても大丈夫」にすること
- 家の耐震性を確認する
- 家具を固定して倒壊を防ぐ
- 水・食料・バッテリーを最低3日分用意する
- 家族で避難経路を共有する
こうした日常的な備えこそが、「予言」に振り回されない本当の安心につながります。
📝 コラム:友人との会話「外れたから安心?」
予言が外れた翌日、友人が「なんだ、やっぱり来なかったじゃん。これで安心だね」と笑っていました。でも私は「逆に備えるチャンスだよ」と答えました。人は恐怖が過ぎると安心したがります。しかし、そこで気を抜くのが一番危険です。「外れたこと」をきっかけに、改めて備蓄を見直した人こそ本当に賢いのだと思います。
予言の効用 ― 怖がるだけで終わらせない
予言は当たるか外れるか、という二択で語られがちです。でも実際には「人を動かすきっかけ」としての意味が大きいのです。
今回の7月5日予言でも、多くの人がSNSで「水を買った」「防災リュックを準備した」と発信していました。結果的に地震は来なくても、それによって準備が進んだなら、予言は“外れ”ではなく“有効”とも言えます。
予言を「防災エンタメ」として活かす
- 外れたら笑い話
- 当たらなくても準備が整う
- 家族で話し合うきっかけになる
このように前向きに利用できれば、予言も価値を持ちます。
📝 コラム:子どもたちの反応
近所の小学生が「7月5日、地震が来るんだって!」と話していたのを聞きました。最初は不安そうでしたが、先生が「それなら水筒に水を入れて、避難の練習をしてみよう」と声をかけたそうです。結果的に子どもたちは“予言ごっこ”を通じて防災を学ぶことができました。予言は怖いものですが、使い方次第で教育ツールにもなり得ます。
未来を生き抜くための三本柱
ここまで見てきたように、予言そのものは根拠が薄くても、備えを考えるきっかけとしては役立ちます。では、今後私たちは何を柱に生きればよいのでしょうか。
三本柱
- 心構え:「必ず来る」と受け止める勇気
- 備蓄:最低3日、できれば1週間の食料・水・電源
- 訓練:避難経路を歩き、実際にシミュレーションする
この三本柱を繰り返し確認しておけば、「予言に振り回される弱い心」から「行動で安心を作れる強い心」へ変わります。
📝 コラム:シミュレーションしてみたら…
実際に家族で避難所まで歩いてみたところ、「暗いと街灯が少なくて怖い」「荷物が重すぎて子どもが歩けない」など、多くの課題が見つかりました。予言の有無に関係なく、こうした“気づき”は実地でしか得られません。
予言は外れても、備えは裏切らない
2025年7月5日午前4時18分。大地震は起きませんでした。けれど、それで「もう来ない」と思うのは誤りです。地震は予言ではなく、地球の営みによって起こるからです。
今回の騒動が教えてくれたのは、「予言に振り回される危うさ」と「予言をきっかけに行動できる強さ」です。外れたことを笑い話にするだけでなく、「備え直すチャンス」に変えられるかどうかが、私たちの未来を分けます。
どうかこの記事を読んでいるあなたも、今日からひとつだけでも備えを実行してください。懐中電灯の電池を確認する、ペットボトルの水を買い足す、それだけでいいのです。その小さな一歩が、未来の安心につながります。
✅ ま・と・め
最後まで、ご清聴いただき誠にありがとうございました。
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